苦しさに 叫びあげけむ 故人の 古りたる写真 けふ見つるかも
眞夏日の けふをつどへる 九人 つつましくして 君をおもへり
肉太の 君の寫眞を 目守るとき 汗はしとどに 出でゐたりけり
君が愛でし 牛の寫眞の いろ褪せて 久しくなりぬ このはだら牛
アララギは 寂しけれども 守るもの 身に病なし うれしとおぼせ
ふる郷に 入らむとしつつ あかときの 板谷峠に みづをのむかな
老いたまふ 父のかたはらに めざめたり 朝蜩の むらがれるこゑ
ふるさとの 蔵の白かべに 鳴きそめし 蝉も身に沁む 晩夏のひかり
朝じめる 瀬上の道を あるき来て あやめの花を かなしみにけり
山こえて 二夜ねむりし 瀬上の 合歓花のあはれを この朝つげむ
あまつかぜ 吹きのまにまに 山上の 薄なびきて 雨はれんとす
五日ふりし 雨はるるらし 山腹に 迫りながるる 吾妻のさ霧
現身の 聲あぐるとき たたなはる 岩代のかたに 山反響すも
山がひに おきな一人ゐ 山刀おひて 吾妻の山を みちびきのぼる
吾妻峰を 狭霧にぬれて 登るとき つがの木立の 枯れしを見たり
うごきくる さ霧のひまに あしびきの 深やま鴉 なづみて飛ばず
吾妻山 くだりくだりて 聞きつるは ふもとの森の ひぐらしのこゑ
さけさめて 夜半に歩めば けたたまし 我を追ひ越す 電車のともしび
よるふけて 火事を報ずる ひとひとり 黒外套を まとひて行けり
冬さむき ちまたの夜は ふけにけり 人まれに行く おもき靴音
音にぶき 太鼓をうちて 遠火事を ふれゆく人に とほりすがへり
かかる夜に ひと怨みむは 悲しかり いたき心を ひとりまもらむ