梅の木かげの かわける砂に 蟻地獄 こもるも寂し 夏さりにける
一夜ふりし 雨はれにつつ 橡の樹の 若葉もろなびく 朝風ぞ吹く
雨あとの いちごの花の 幽かにて 咲けるを見れば 心なごむも
電燈を 消せば直くらし 蠅ひとつ ひたぶる飛べる 音を聞きける
しんしんと 夜は暗し 蠅の飛びめぐる 音のたえまの しづけさあはれ
汗いでて なほ目ざめゐる 夜は暗し うつつは深し 蠅の飛ぶおと
ひたぶるに 暗黒を飛ぶ 蠅ひとつ 障子にあたる 音ぞきこゆる
部屋なかの 闇を飛ぶ蠅 かすかなる 戸漏る光に むかひて飛びつ
さやぎつつ 鴉のむれの かくろへる 暗緑の森を われは見て立つ
うれひつつ ひとり来りし 野のはての 暗緑林に 近づく群鳥
かぜむかふ 欅太樹の 日てり葉の 靑きうづだち しまし見て居り
眞日あかく 傾きにけり 一つ樹の もとに佇ずむ 徒歩兵ひとり
風はやし 橡の高樹の をさな葉の もろむきなびき 鴉ちかづく
くもり日の 昼も過ぎたる すかんぽの 穂のくれなゐに こころなげなり
みちのくの 我家の里ゆ おくり来し 蕨を沾でて けふも食ひけり
ひた走る 電車のなかを 飛ぶ蠅の おとの寂しさ しぶくさみだれ
晝すぎて 電車のなかの 梅雨いきれ 人うつり飛ぶ 蠅の大きさ
おほほしく さみだれ降るに 坂のぼる 電車の玻璃に 蠅とまりけり
ひたはしる 電車のなかに むらぎもの 心は空し 蠅の飛ぶおと
橡の樹も 今くれかかる 曇日の 七月八日 ひぐらしは鳴く
狂院に 宿りに来つつ うつうつと 汗かきをれば 蜩鳴けり
蜩は 一とき鳴けり 去年ここに 聞きけむがごと こゑのかなしき
ひぐらしは ひとつ鳴きしが 空も地も 暗くなりつつ 二たびは鳴かず