亀戸の 普門院にて 三年経し 伊藤左千夫の おくつきどころ
墓に来て 水をかけたり 近眼の 大き面わの 面影に立つ
水ぐさの 圓葉の照りを あはれめり 七月ひるの おくつきどころ
冬服を はじめて著たる 日は寒く 雨しとしとと 降りつづきけり
とほく来し 友をうれしみ 秋さむき 銀座の店に 葡萄もちて食む
五番町に 電車を降りて 雨しぶく 砂利路ゆけど 寂しくもなし
みちのくの わぎへの里に うからやから 新米たきて 尊みて食む
いやしかる み民の我も 髯そりて けふの生日を あふがざらめや
おのづから あらはれ迫る 冬山に しぐれの雨の 降りにけるかも
まなかひに あかはだかなる 冬の山 しぐれに濡れて ちかづく吾を
いのちをはりて 眼をとぢし 祖母の 足にかすかなる 皸のさびしさ
命たえし 祖母のかうべ 剃りたまふ 父を圍みし うからの目のなみだ
蝋の火の ひかりに赤し おほははの 棺のうへの 太刀鞘のいろ
ゐろりべに うれへとどまらぬ 我がまなこ 煙はかかる その渦けむり
あつぶすま 堅きをかつぎ ねむる夜の しばしば覺めて 悲し霜夜は
土のうへに 霜したく降り 露なる 玉菜はじけて 人音もなし
おほははの つひの葬り火 田の畔に いとども鳴かぬ 霜夜はふり火
終列車 のぼりをはりて 葬り火を まもる現身の しはぶきのおと
愁へつつ 祖母はふる 火の渦の しづまり行きて 暁ちかからむ
冬の日の かたむき早く 櫟原 こがらしのなかを 鴉くだれり
いただきは 雪かもみだる 眞日くれて はざまの村に 人はねむりぬ
山がはの たぎちの響み とどまらぬ わぎへの里に 父老いにけり