和歌と俳句

齋藤茂吉

19 20 21 22 23 24 25 26

内鎌に おき臥しいまし 二月も 既に過ぎつと ここに思ふなり

からたちの 素朴の花を あはれがる 空襲のあとに われは来りて

かくのごとき 歌を作りて 人皆に 示さむことし 涙ぐましも

衰へし わが身親切を かうむりぬ 親切はひかりの 満ちくるごとく

おのづから 日が長くなり 度忘れを 幾たびもして 夕暮れとなる

睡眠の 薬を飲まず 臥たりしが あかつきに夢を 見ながらねむる

黄卵を 味噌汁に入れし 朝がれひ あと幾とせか つづかむとする

この年ごろ われは以前の 如からず 陸橋の下を 歎きてかへる

傳はりくる 世界ニュースの 流動に 神経ふるふ 老いし神経

冬粥を 煮てゐたりけり くれなゐの 鮭のはららご 添へて食はむと

夏山に 孫と二人が 相對す 孫は夏山に 何ゐるかを知らず

朝起きの 鴉のこゑを 聞くときは 心はしばし 透きとほるほど

洞窟の 中にとぼれる 太き蝋燭よ 聖者ひとりねに ねる時に見ゆ

並槻の 若葉もえいづる ころとなり この老びとは 家いでてくる

七年の 時は過ぎつつ あやしくも 森なかの榧の木に 見おぼえあり

眞少女の うしろを吾は 歩みゆく 銀座舗道の ゆく春にして

暁の 薄明にして 死をおもふことあり 除外例なき 死といへるもの

内苑の 木立のなかに ほほの木の 若葉の色や したたるがごと

この國土を 終焉の地として シユテンベルヒさん逝く 國土は晩春

宗達が 描ける山歸来に 鳥が来て 山歸来しなひ 動けるところ

家ごもり 中央街に ゆかざれば 眼鏡かくること ほとほと無し