和歌と俳句

石田波郷

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芋畑や赤城へいそぐ雲ばかり

葛咲くや嬬恋村字いくつ

火山灰被たる葉叢ぞの咲き出たれ

葛の雨鶴溜驛しぶきけり

浅間路に滞まりゐるや秋の風

みんみんの啼きやまぬなり雨の信濃

雨つのるみんみん啼けよ千曲川

雨はげし青栗いよよ青くして

雨のみの旅の七日や萩すすき

葛を搏つ雨や小諸を去らむとす

野ののここに咲き入る楢林

熊谷にきく秋蝉となりにけり

朝顔や旅を戻りて古郷の忌

栗林家探し止めてゐたりけり

うつむきて歩く心や蓼の花

露葎鴉のあそぶ松少し

日曜の露おもたしや猫じやらし

露光る教師かこまれ来りけり

昼の虫鬱とあるなり実無柿

蹄鉄の打たれやまざる野分

大露の杉ばかりなる簷端かな

買ひ戻すすべのなき書や虫の宿

妻が歌芙蓉の朝の水仕かな

かや干すや桐うち破りし風の後

硝子戸や野分の野路を見に行かむ

秋の夜の尺も鋏も更けにけり

妻籠に蓑虫の音をきく日かな

名月や門の欅も武蔵ぶり

東京に麦飯うまし秋の風

十月やこめかみさやに秋刀魚食ふ

朝寒の嘆言を机拭きにけり

爆音やすなはち響き障子貼る

穴惑豊垂穂田に隠れけり

月待つと赤松山にさまよひぬ

月待つや畦草の名のくさぐさを

一高へ径の傾く芋嵐

雨そそぎつつ鵙来たり貝割菜

顔出せば鵙迸る野分かな

膝がしら旅もどり来ぬ夜の

槙の空押移りゐたりけり

火山を描き菊をゑがけり明治節

蓼科は被く雲かも冬隣

くらがりに炭火たばしる雨月かな