石田波郷
書架の上のマルメロ黄ばむ昨日より
菊の香や命惜しみしまでにして
雨の鶏頭
病癒ゆるをたのしまず
葉鶏頭死なざりし顔見られをり
妻の眼や簾越しの草は穂を吹かれ
こほろぎや押売訴へやまぬ中
唐黍焼く母子わが亡き後の如し
猫じやらし二人子の脛相似たり
野分すや机の上の顔搏つて
野分せりいつまでつづく療養歌
廃工場草の穂絮のあそぶなり
鰯雲運河の筏ともに満つ
朝の痰熄みぬ露乾し猫じやらし
選挙近づく戦災者碑を穂草隠し
胸許に鶏頭の紅わかわかし
真青に茗荷照るなり秋の風
栗食ふと膝入るるなり古机
頷きて会へば鶏頭野分だつ
軍楽をはやはばからず秋の風
秋風の廃石階にわが座あり
秋風に息こそあへげ化粧坂
鰯雲甕担がれてうごき出す
月待つや寄りては潜ぐ鳰二つ
雨の貨車過ぎをり雨の猫じやらし
蚊帳干して不作の稲架をいろどるも
秋風や海髪干し跼む海髪の影
秀野忌のいとども影をひきにけり
今日の榮蓼紅墓にあそびたり
呆けをり鶏頭見ては甕見ては
灯蛾うちて古郷忌の夜の終の客
芙蓉の翳古郷忌幾日過ぎにけむ
手を置けば子の髪厚し秋の風
颱風未だ木槿揺るのみ舟溜り
毒消賣唇に手をあて野分来る
遁れきても亦鯊釣の充満す
雨の鶏頭厭離てふ語を思ひをり
煉瓦色に煉瓦積まるる秋の風
鶏頭より癩の句稿に目をもどす
病家族あげて紫苑に凌がるる