曳売の卵小さし法師蝉
灯さめと思ひ臥しをり蜩に
病み痩せて長き手足や走馬燈
盆太鼓まだ眠れざる患者らに
病古りし胸拭はれぬ敗戦日
遠花火二つ三つ見て寝返りぬ
飯食へば暑くなるなり法師蝉
萩咲けばわれの呼吸も易くなりぬ
退院の日を選びをり蟲の中
梨食へり船上山のかなしびも
椿の実退院妻に後れけり
栗笑めりそこまでの地を未だ踏まず
転移てふかなしき語あり曼珠沙華
さみどりの直き茎よし曼珠沙華
子規忌の月いさよひきみは昏睡裡
後の月後の入院と誌しけり
十三夜酸素の水沫むせぶなり
柿食ひし口や呆けし髭の中
病牀より長き手のばし柿拾ふ
看護婦の他けふは見ず秋の暮
柿食へり貪るに似しをゆるめ食ふ
七夕の硯洗はば息あへがむ
野分雲透きし虚空をわが覗きぬ
当番が香奠あつめ原爆忌
安静時間尾長は毛蟲むさぼりぬ
走馬燈看護婦呼びて灯を入るる
命美し槍鶏頭の直なるは
人はみな旅せむ心鳥渡る
大袈裟にゆるる櫟や初あらし
清拭の痩脛たてりいわしぐも
梨の皮垂れゐて子規忌過ぎにけり
彼岸花父の病を母嗣ぎき
萩寺さま手づから萩を刈り給ふ
森の樹々緻かに葉見ゆいわしぐも
膝の間に秋風冷ゆれ車椅子
無月なり芒惜しまず患者たち
寝待月酸素惜しまむ心あり
肩冷えて寝待の月も出でざりき
喜寿の眉菊明りして居給はむ
鵙日和病室に妻の跫音して
黄葉を見よと硝子を拭きくるる
菊の香をやや遠ざけて消燈す
病床にわれは顔上ぐ百舌鳥叫ぶ