和歌と俳句

久保田万太郎

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

三味ひけば雨ふる春の忌日かな

春の笠二つ惟然と芭蕉かな

初午の月の月番あたりけり

本町の母の里なり一の午

はつ午や宵にとどくる仕立もの

峰の色壁の色なる餘寒かな

山焼や闇の中ある高野山

海苔買ふや寄席の行燈に灯入りけり

梅は春塔に浅かる嵐かな

雛の間へまがりて長き廊下かな

猿澤の蛙はきかじ薪能

摘草や母み佛の月一つ

浮草に根が生えかねし長閑かな

長閑なるものに又なき命かな

蓬餅古き印譜の朱ずれかな

櫻餅千住の花の菓子屋かな

櫻餅言問は遠き身寄かな

櫻もち籠を流せば鴎かな

春暁のあけきればまた曇りけり

春宵の花の渡舟が残りけり

春宵や屋根から上の花の闇

雛の間の欄下の汐も乾きたり

石床に咲いたるあはれなり

假名書の御経と答へかな

花散るやかがみのなかの障子口

品川のとつつき茶屋や遅櫻