和歌と俳句

久保田万太郎

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人亡せし家と見過ぎぬ蛍籠

蚊帳越しや峰に乱るる暁の色

久松の日傘みはやす針子かな

深川の埃侘ぶなり古日傘

お目見得の日も暮れかかる金魚かな

貧しさに馴れて金魚も飼ひにけり

夏痩や汐汲ならふ舞の桶

今年また祭かげなる神田かな

畳む時淋しき要かな

豆腐屋の早寝ならはぬ涼みかな

甘酒や幼なおぼえの善光寺

さびしさや土用の水の水すまし

暴風雨きのう今日朝顔の土用かな

夏痩の白粉目立つ老となり

北千住金魚屋もある夏野かな

鮎川へ暫く沿へる青田かな

萬降寺塀のはづれの青田かな

売出しの新茶うれしき風爐茶かな

金魚屋の塀の外なり日の一時

麦畑に暑き日となる祭かな

動物園の裏の坂あがる若葉かな

灯の中に眠りてかもや浴衣人

夕空の明るきにきる浴衣かな

水狂言南北作とつたへけり

あぢさゐやなぜか悲しきこの命