和歌と俳句

久保田万太郎

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葉櫻にとかくの義理のつらきかな

はんけちのたしなみきよき薄暑かな

人通りをりから絶えし新樹かな

雨落ちて来りし青葉ぐもりかな

梅雨ふかし猪口にうきたる泡一つ

あけてある雨戸一枚梅雨の宿

のべたらにまつりのつづく夏の雲

しばらくは膝に突きたる扇かな

怪談に落ちの柄のつく団扇かな

海へゆく色とりどりの日傘かな

絲をひくごとく星とぶ涼みかな

瑠璃燈をつる大切や夏芝居

すぐぬぎてたたむ羽織や夏芝居

川のある方わく雲や夏芝居

雲一つねつから降らず百日紅

秋近しときにとぎるる人通り

秋近しにはかに逃げし蜘蛛のかげ

夏に入る星よりそひてうるみけり

雨の音空にきこえて夏に入る

そら豆やまだ割りばしのわられずに

あまぐものまたたゆたひて麦の穂

十薬の花ほつほつとはつはつと

十薬の雨にうたれてゐるばかり

十薬の花まづ梅雨に入りにけり

人のうへやがてわがうへほたるかな