和歌と俳句

久保田万太郎

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風鈴の四萬六千日の音

朝ふりや四萬六千日の照り

長生きのできるわけなき浴衣かな

汗ぬぐひ拭ひつづけて餘命あり

夏の夜やいのちをのせし風の冷え

がてんゆく暑さとなりぬきうりもみ

石庭の白砂ひかる薄暑かな

あぢさゐの咲きのこりたる木の間かな

梅雨の鴉しきりにひくく飛べるかな

梅雨冷えのサラダのトマト赤きかな

梅雨冷えのすゐれんすでに眠りけり

玉葱のいのちはかなく剥かれけり

とび夫婦おろかに老いしかな

をかし長女も次女も嫁にだし

水打つや一とうちづつの土ほこり

風鈴やさして来りしあかるき日

餘命いくばくもなき昼寝むさぼれり

高浪にのまれてさめし昼寝かな

更衣あはれ雀のきげんかな

割り切つてものをいへばや更衣

門を入るすなはち牡丹ばたけにて

牡丹咲けるその一輪をいとしめる

牡丹いま活けをはりたる鋏かな

一輪の牡丹の秘めし信かな

牡丹はや散りてあとかたなかりけり