和歌と俳句

久保田万太郎

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投げかへす扇ひかりて五月かな

更衣食のほそりはいはずけり

せきれいの目にもとまらずよ若葉風

風きよし薔薇咲くとよりほぐれそめ

星わかし薔薇のつぼみの一つづつ

湯の川のみじか夜あけし疾きながれ

あけ易や岩つばめとび河鹿鳴き

梅雨小袖昔八丈梅雨なれや

月つひに落ちてしまひし端居かな

夏浅き女の一人ぐらしかな

なささうであるのが苦労はつ袷

セルむかし、勇、白秋、杢太郎

セルの肩 月のひかりにこたへけり

セルとネル著たる狐と狸かな

どぜうやの大きな猪口や夏祭

たけのこ煮、そらまめうでて、さてそこで

薄暮、微雨、而して薔薇しろきかな

バラ展のばらにうもれしいとまかな

麦秋やひとりむすめを嫁にやり

あぢさゐやすだれのすそをぬらす雨

よろこびは梅雨の懐中汁粉かな

焼きしあとの火の香の残りけり

薫風やすこしのびたる蕎麦啜り

とめどなきのぞみの瀧の落つるかな

因縁のそれからそれと涼しけれ

一生の悔いのいまさら夕端居

一生を悔いてせんなき端居かな