和歌と俳句

中村草田男

長子

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貝寄風に乗りて帰郷の船迅し

土手の木の根元に遠き春の雲

夕桜あの家この家に琴鳴りて

夕桜の石崖裾濃なる

春の月城の北には北斗星

春山にかの襞は斯くありしかな

そら豆の花の黒き目数知れず

春の日はササの葉なりに藪に降る

焼跡のここが真中の春日差

啓蟄の運動場と焦土のみ

焼跡や雀雲雀の声遠し

昔日の春愁の場木々伸びて

ふるさとの春暁にある厠かな

橙は実を垂れ時計はカチカチと

町空のつばくらめのみ新しや

花の窓営所へ兵の帰る見ゆ

父の墓に母額づきぬ音もなし

ははそはの母と歩むや遍路来る

坂に来て突くや遍路の杖白し

布浅黄女人遍路の髪掩ふ

青もかち紫も勝つ物芽かな

春草は足の短き犬に萌ゆ

のけはひ興りて鳴きにけり

の一つの声の向ふ山

とらへたるの足がきのにほひかな