和歌と俳句

中村草田男

長子

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蝸牛やどこかに人の話し声

暮れてゆく巣を張るの仰向きに

の音ひと夜遠くをわたりをり

五月野の露は一樹の下にあり

暑き日の仔犬の舌の薄きこと

蝋燭を這ひ上りゆく火とり虫

通る時落ちしことなく桐の花

ふと涼ししきゐを越ゆる仁王門

虹しばしば出でたる蝦夷の夏の旅

手の薔薇に蜂来れば我王の如し

蜥蜴の尾銅鉄光りや誕生日

我鬼忌は又我誕生日菓子を食ふ

百日紅乙女の一身またたく間に

乙女の愚をんなと歎く避暑の宿

海鳴りや落ちてゐるなる蟹の爪

六月の氷菓一盞の別れかな

香水の香ぞ鉄壁をなせりける

の声のひそかなるとき悔いにけり

蚊帳越しの電燈の玉見て居りぬ

思ひ出の日な近づきそ今年竹

思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ

百日紅ラヂオのほかに声もなし

口なしの花はや文の褪せるごと

東海の岸や貝殻あらあらし

向日葵や極目要塞地帯なり