和歌と俳句

中村草田男

長子

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一陣のひぐらし鳴く音おこるなり

蜩のなき代りしははるかかな

水影と四つとびけり黒蜻蛉

さむらひの影の射す身や虫の宿

其虫の鳴くとき夜風立つかにも

此部屋に幾年ぶりや茶たて虫

一ト跳びにいとどは闇へ皈りけり

月に飛び月の色なり草かげろふ

鏡面に薄羽かげろふ垂れとまり

はたはたに影及ぼせば飛びにけり

蜻蛉行くうしろ姿の大きさよ

の目の対へる畑の一ト火燃ゆ

色鳥が小首に枝を見上げたる

子供居りしばらく行けば懸巣鳥居り

跫音のともるを椋鳥おそれけり

萩叢やかがみて居ればをはる雨

掃かれたる地にきはやかや秋の人

眼の前を江の奥へ行く秋の波

秋草の多きにつれて人恋し

秋草をもたらし塞ぐ燈下かな

末枯や行きつつ猫の走り出す

末枯に下ろされ立てる子供かな

山深きところのさまに菊人形