和歌と俳句

中村草田男

長子

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白き息はきつつこちら振返る

オリオンと店の林檎が帰路の栄

冬の雷に醒めし眠を継がんとす

寒ざむと鶏鳴つづき続きけり

ジヤズ寒し汽車の団煙之に和し

短日の群れ買ふ顔のをみな等や

短日や母に告ぐべきこと迫る

寒折も街も後にす家路かな

炭竃や下界の鉄橋鳴りにけり

炭を焼く長き煙の元にあり

隙間風狂言自殺の看護なる

隙間風天丼うまき今のうつつ

木の葉髪文藝ながく欺きぬ

足袋ぬちに歩きづかれのほてりかな

すでに路標にまがふ墓一基

地にありて細るままなり槇落葉

どろ靴を落葉の上に踏み入るる

落葉踏むことにも倦きて道に出づ

古下駄は音も立たずよ寒雀

見られゐる壁の影なる寒雀

三日月のひたとありたる嚔かな

冬ざれや石段おりて御堂あり

昃りたるところへ冬日射してくる

ひと枝にうすく真白く返り花

返り花三年教へし書をはさむ