和歌と俳句

冬すでに路標にまがふ墓一基 草田男

拝む人に道よけて佇つ冬社 立子

灯りて外の面見えずよ玻璃の冬 石鼎

奈良坂のほか坂多し奈良の冬 立子

電燈一つが長い廊下が冬 山頭火

かりそめの帽着て立つや冬の庭 石鼎

人の世の妻にくもりぬ冬鏡 月二郎

明けくれの魂もうつらず冬鏡 月二郎

ふるぼけしセロ一丁の僕の冬 鳳作

冬机借りし雲母の栞ある 月二郎

鉄板を踏めば叫ぶや冬の溝 虚子

時計見てベンチを立てり冬の人 みどり女

校倉は堅く閉ざして冬の宮 みどり女

大木とベンチがありて冬の園 みどり女

燈台の冬ことごとく根なし雲 草田男

マネキンぞ冬の羅見られつつ食へり波郷

夕映えて常盤木冬もあぶらぎり 波郷

冬青き松をいつしんに見るときあり 波郷

冬黝き槇電線をふりかぶり 波郷

常盤木に冬の議事堂を日々見る世 波郷

冬の三田三丁目遺児駆け遊ぶ英霊なり 波郷

冬の街夜となりつつ独りなり 波郷

かけ通す涅槃図のあり冬の寺 みどり女

冬の街ゆけり啄木もかくゆきし 鷹女

この冬を黙さず華厳水豊か 茅舎

手を振り暖冬の街をゆく人ら 不死男

冬白き電柱と碧き海を見たり 不死男

何といふ淋しきところ宇治の冬 立子

凍土につまづきがちの老の冬 虚子

晩祷の黒衣をひきて冬の尼 蛇笏

冬になり冬になりきつてしまはずに 綾子

み仏に美しきかな冬の塵 綾子

獄裡にて情に逢はず二度の冬 不死男

獄の冬鏡の中の瞳にも顔 不死男

久に笑ふ太宰治や獄の冬 不死男

金銭を二冬は見ず獄に棲む 不死男

謝すはただ二冬の色獄の芝 不死男

獄出るや家に海山の冬の音 不死男

獄出れば海と子の眼の澄める冬 不死男

獄を出て亀裂におどろく冬の道 不死男

出獄のわれに軍歌や冬の足 不死男

ものいへば傷つくごとく冬の黙 楸邨