獄の湯に寒き顎漬け息しをり
顔入れて冬シャツは家の匂ひする
寒さ仰いで子と寝し枕獄にする
友らいづこ獄窓ひとつづつ寒し
去年のまま塀と冬空声もなし
獄裡にて情に逢はず二度の冬
囚人に髪刈られ年逝かんとす
獄の冬鏡の中の瞳にも顔
雨聞くや凍傷薬を耳にもぬり
獄庭枯る夢見し菓子に色はなく
棲みて獄風邪を引かぬと壁に告ぐ
北風に窓閉づ蓄へ乏しからん
獄信の稿書く紙石版凍てて
独房の冬日わが手に蠅すがる
久に笑ふ太宰治や獄の冬
文は鉛筆枝で嘴研ぐ寒雀
ぐるりは塀獄にふる雪限りなし
雪ふつて雑役囚の唇赤し
金銭を二冬は見ず獄に棲む
凍み果てて獄の七曜終りけり
鏡もて応ふ眼差相寒し
獄凍てぬ妻きてわれに礼をなす
冬木影塀にうすれて妻かへる
緊縛や悴む老の死にゆく背
謝すはただ二冬の色獄の芝
出獄のけふきて午後のふところ手