和歌と俳句

寒さ

ある夜月に富士大形の寒さかな 蛇笏

みあかしを手燭に借りる寒さかな 石鼎

灯は見えて大藪廻る門寒き 花蓑

看護婦の銀の時計の寒さかな 万太郎

カステラにひたして牛乳の寒さかな 万太郎

はろばろと沖べ蒼みて寒さかな 草城

或時は妻をさげすむ寒さかな 月二郎

病床に我が子を寄せぬ寒さかな 月二郎

欅より雀こぼるゝ寒さかな 喜舟

かろがろと帰る葬具の寒さかな 水巴

赤い実を喉に落す鳥寒う見ゆ 水巴

茂吉
鼻のさき びりびりと痛く なるまでに 寒きミユンヘンを 友に告げむか

茂吉
樹の枝に 氷花さく 寒さをも いとふことなし 心きほひて

軒煙さらひさらひて寒さかな 青畝

神主の家の飾の寒さかな 青畝

うすかげのパン皿にある寒さかな 槐太

ともし灯の輝りはえてゐる寒さかな 草城

みちづれと訣れて四方の寒さかな 青畝

死顔に涙の見ゆる寒さかな 林火

葛城のそびらが晴るる寒さかな 草城

しんしんと寒さがたのし歩みゆく 立子

火も絶ちし暁のさむさに咽び醒む 悌二郎

夕汽笛一すぢ寒しいざ妹へ 草田男

白蝋の己が灯に透く寒さかな 耕衣

大熊座地は丑満の寒さかな 蛇笏

飛鳥仏懐中電燈の環のさむさ 楸邨

ペン執るや落暉の指がさむくなる 楸邨

一等兵眼鏡ぞさむき日曜日 波郷

はたと寒く傷兵をみし行人裡 波郷

ジヤズ寒しそれをきき麺麭を焼かせをり 波郷

頌め歌もなく聖堂の寒さ凝る 誓子

会堂に日晴れて寒し国民葬 友二

覚めをれば寒さのはてにきしむ家 友二

顔寒し有為曇るときくにさへ 友二

壁寒し自恃のはかなさ念ひ寝る 友二

寝巻換ふに口衝き出づる寒さかな 友二

日曇りてしばし寒さの寄すばかり 友二

絞らるる寒さ独房に灯はひとつ 不死男

手を垂れし影がわれ見る壁寒し 不死男

寒さ仰いで子と寝し枕獄にする 不死男

友らいづこ獄窓ひとつづつ寒し 不死男

三つ星の上に月ある寒さかな 

風のなき宵の寒さを楽しみつ 立子

伊賀の子寒し額集めて地にかがむ 静塔

現し身をつつみて寒さ美しき 素逝

両脚を伝ひて寒さ這ひ上る 虚子

鏡もて応ふ眼差相寒し 不死男

われ起きてはじまるけふの寒きびし 波津女

闇ふかき畳のさむさ妻呼べば 楸邨