石田波郷
義士祭香煙かへりきてもにほふ
寒林をしばらく兵のよぎりたり
寒木にひとをつれきて凭らしむる
ともに立てし外套の襟寒木に
夕映えて常盤木冬もあぶらぎり
寒林のガソリンにほふ方落暉
二重廻し夕映電車来て消えぬ
夜の雪饒舌の湯をすぐに出て
雪霏々とわれをうづむるわが睡
紀元節とほき巷をよぎる行進
冬青き松をいつしんに見るときあり
一等兵眼鏡ぞさむき日曜日
考へをれば一等兵牡蠣を食ひ去る
落葉寒人を忘ぜず町行けば
はたと寒く傷兵をみし行人裡
南に没る冬日を見ずや行人裡
足袋脱ぐやわが痩身を念ひ出づ
冬黝き槇電線をふりかぶり
ジヤズ寒しそれをきき麺麭を焼かせをり
英霊車去りたる街に懐手
わが友の足袋を洗ひしが町くもる
楽屋寒貧農を演りしひとの若さ
除夜更けて女の衣袂ひた急ぐ
雪の午後長き戦の世の紅茶
常盤木に冬の議事堂を日々見る世
春遠し兄の拙き戦場便
三田にして常盤木艶ふ霜の坂
冬日宙少女鼓隊に母となる日
悉く芝区の英霊木枯れたり
冬の三田三丁目遺児駆け遊ぶ英霊なり
隙間風兄妹に母の文異ふ
凍る駅傷兵と共に降りし縁
冬の街夜となりつつ独りなり