和歌と俳句

石田波郷

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海戦や炭火の息のはげしさに

浅間山空の左手に眠りけり

木葉木菟悟堂先生眠りけり

おくれくる鶫のこゑも別れかな

枯草の棧舗なせるを偲ばむや

鷹現れていまぞさやけし八ヶ嶽

茶柱の小春ばかりにあらぬかな

霜柱俳句は切字響きけり

風花やあとりの渡りちりぢりに

落葉松や柄長渡りの木葉雨

松籟やしぐれぐもりの甃

篁の纒く蔓枯れや歌の橋

の指さされたる香かな

枕木や大津山科ふかみ

強飯の粘ることかな冬紅葉

丈高くまぎれず征けり冬紅葉

冬紅葉父をも顧みざりけり

母の目や軽便さむく吾去れば

佛飯の麥めでたさよ初霰

子供らにいつまで鶴の凍つるかな

篁に朝が来にけり雪卸

父と子やかんじきの跡混へつつ

南天や八日は明日となりにけり

夕月に湯屋開くなり近松忌

世田谷に小家みつけぬ年の暮

年暮れぬ低き机に膝古び

西空の富士や甍や年の暮

夜の溝の奈落と落ちぬ年の暮

年の夜の探照燈の濃かりけり

どの家の犬にも見られ年のくれ

年迫る女の競りや道具市

三星の南廻りや寒の内

瑞の菜の三畝ばかりや寒の内

ろうかんや一月沼の横たはり

篁や九年母いよよ現はれて

松風や枯うね草に吹落とし

薄雪や簷にあまりて炭俵

雪上や雨ふりそそぐ藪がしら

春を待つ人篁にかくれけり

小机に縛られゐるや春隣