石田波郷

とぼしては油惜しむや寒の入

牡丹雪その夜のつまのにほふかな

屋根裏に寒の朝日の黄金なす

焼跡に透きとほりけり寒の水

冬の鵙遁れ来りし如くなり

心づけば汝を待居たる春隣

坂なして橋光りたり降出す雪

馬車馬をかはれ走らす降出す雪

雪融けや言葉くづさず妻の家に

細雪妻に言葉を待たれをり

早梅やひとりたのしき鳰

ジャズの音をふみ急ぎたる初時雨

茶の花やアトリヱ占むる一家族

頓に冬教師の服の紺寂びて

枯葎馬車はいくとせ鉄運ぶ

焼跡の幾日冬日燃えざるや

貨車寒し百千の墓うちふるひ

西空の横なす極み冬木なし

百万の焼けて年逝く小名木川

焼工場年逝く鳰をただよはす

朱欒照る母子駈け出でころぶすも

乳房の邊朱欒は剥けば紫に

朱欒かげ老母の古き物語

朱欒園金三日月に祷り合ふ

雪催小家に住める友ばかり

牡蠣の酢に和解の心曇るなり

何も彼も遙かに炭火うるみけり

冬日燦焦土の石階雪白に

冬紅葉擁かれつ蹤きつ女の身

野明りや時雨れかかりし牡丹町

グノー聴け霜の馬糞を拾ひつつ

恃むなる硯洗へる飛雪かな

町も狭の夕茜また毛野の冬

ことごとく枯れし涯なり舟の中

かんかんと炭割る顔の緊りをり

炭賣のひそかに来たるたたら雪

ジャズ寒き家並の揃ひ来りけり

年暮るる岬の旅やすぐかへす