和歌と俳句

加藤楸邨

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棉の実を摘みゐてうたふこともなし

湖の波稲架のしたびに来ては消ゆ

暮れはやきひかりは波に蓼の穂に

キヤンプの火あがれる空の穂高岳

梓川瀬音たかまるキヤンプかな

嶺の星いろをかへたるキヤンプかな

峡の温泉は白樺を焚く火をあげぬ

蕗の薹出て荒れにけり牡丹園

洲の鴨のふたたび鳴かぬ夜の雨

渡舟守いとまのあれや麦ふみ

降る雪にさめて羽ばたく のあり

筑波嶺の消えて畦火も衰へぬ

はしりきて二つの畦火相搏てる

斑鳩の塔見ゆる田に藺は伸びぬ

暮れまぎれゆくつばくら法隆寺

雪渓のとけてとどろく かな

常念が吐く霧さへや夕映ゆる

霧の底星まつる灯が見えきたる

峡の温泉はひそやかなれど星祭

啄木鳥や湖の光がくる林

関の址いまは蓮の枯るるのみ

はたはたのあがりて関のさまもなし

山茶花のこぼれつぐなり夜も見ゆ

行きゆきて深雪の利根の船に逢ふ

この入江吹雪の船の来てかかる

ふなびとら鮫など雪にかき下ろす

老いし水夫吹雪の面を手に拭ふ

暗き帆の垂れてつむみなとかな