和歌と俳句

石田波郷

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14

病室のバルコンに出て冬至かな

病棟にイブの見舞のはなやげる

千の患者に千の聖菓や枯木中

塩鮭のからき涙やクリスマス

鳥飛んで松籟の上や横光忌

満目の松に病む身ぞ横光忌

病み臥して被く蒲団や横光忌

見舞妻去りしより除夜いよよ急

いと遠き除夜の鐘あり療養所

波打つてくる松風や寒の内

酷寒を来し目鼻して見舞妻

降るが踊る櫟を降りつつむ

寒苺病を生くるまた愉し

十の字にとぶ二羽の鳩草城忌

かきくもりけり節分の櫟原

病個室豆を撒けどもひとりなり

侘助をもたらし活けて通ひ妻

侘助や退院の日を胸算用

看護婦が洗ひくるるよ木葉髪

飯うまし枯木籠りの正座して

わが娘来て微笑めり文化の日

青空と風が出そめぬ一の酉

風すぐに櫟しぼりぬ一の酉

ひとりゐる椿の弟子や冬椿

空也忌の虚空を落葉ただよひぬ

煙突は煙弾ませ初氷

枯菊を離れず鳩の白胸毛

水仙花睡りの末の息くるし

青松の黝ずむ雨や年の暮

降れり時間の束の降るごとく

はげし木立悉く傾けば

降るに病む者一指だに触れず

雪片の大いなるもの同速に

病む窓の落葉色して石鼎忌

歳晩や妻の使者の友が妻

曙の尾長鳥来てゐる冬至かな

樹間染め隣病舎の聖樹の灯

聖前夜酸素賜りて安寝せむ

霜林を一路かぐろく走りたれ

病院が栖となりぬ年の暮

検脈の看護婦仰ぎ年の暮

曳売の本屋が歳暮呉れにけり

山鳩は松に籠りぬ横光忌

浮雲や寒の仰臥をひた守り

満月のやや盈ち足りず春隣

めらめらと焚火患者を嗤へりき

女患部屋にをとこのこゑや草城忌

看護婦の掌の窪小さし寒卵

年の豆仰臥の足の方に降りぬ

病室に豆撒きて妻帰りけり