和歌と俳句

石田波郷

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寒の大団煙療養所には似ず

風花や胸にはとはの摩擦音

寒き眼の何に縋れる一病者

綿蟲や安静時間緩やかに

綿蟲のとべば病者等頬燃やす

寒夜水飲めばこの最小の欲望よ

水仙花三年病めども我等若し

咳き咳けば胸中の球悲しぶも

消防車群れゆく呼吸困難裡

の底楸邨は旅に在りと思ふ

病むかぎりわが識りてをる枯野道

息白し乙女と語るわが童児

外套のわが影病めりとぞ思ふ

睡りし間に何過ぎたらむ年の暮

故友亡きこと除夜時かけて肯ふも

敷ける町より高し小名木川

雑炊や頬かがやきて病家族

病家族咳きあふこゑは屋に満つも

春近し焼工場より日は出でて

ひとり寒し砂町銀座過ぎるとて

冬の墓覗く何処より帰りても

冬霧のはれゆく墓の減りもせず

舟の子の襟巻紅し小名木川

煤煙のうつろふままの歳暮光

冬鴎煤煙よどみやや赤し

柚子買ひしのみ二人子を連れたれど

年暮れぬ吊革隣したる手も

年果つと胡桃焼きし手洗ひをり

鼻低く子は安寝せり年逝けり

選句せり餅黴けずる妻の辺に

対き合て子が足袋穿けり日矢の中

病み倦めば煤の降りゐるかな

病む母が倦みゐる枯野なつかしき

寒雀汝も砂町に煤けしや

春隣八つ手低叢をわが出でず

寒行三人更けし電車の窓を過ぐ

妻病めり傾き減りし炭俵

百千の土管口あけ降れり

俯伏せに甕押しならび降れり

冬濤や時待つ群れの鳶鴉

冬の怒濤綱張つて牛ひかれたり

水仙や寧き日待てる病家族

柚子幾顆買ひてふたたびふところ手

師の脇に酒つつしむよ年忘れ