和歌と俳句

石田波郷

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春寒く俥で着きし温泉宿哉

春寒や障子の外の目白籠

庭ひそと餘寒の寺の手水鉢

草萌や野焼の跡のすでに濃き

遠山は雨でありけり草萌ゆる

街道や陽色とけこむ雪解水

まなびやへ子等はい行きて花曇

蝌蚪みつつ衢にあるがごときあはれ

ひとつ蝌蚪いのち尊み且つ掌にす

蝌蚪の群かぞへむとすれば混迷す

バスを待ち大路をうたがはず

煙草のむ人ならびゆき木々芽ぐむ

あえかなる薔薇撰りをれば春の雷

さくらの芽のはげしさ仰ぎ蹌ける

浅き水のおほかたを蝌蚪のもたげたる

蝌蚪死ぬ土くれ投げつ嘆かるる

春暁の壁の鏡にベツドの燈

春暁の川を煤煙わたりそめ

大阪城ベッドの脚にある春暁

を見つつ冷たかりき

春暁のまだ人ごゑをきかずゐる

自動車の深夜疾走し散るさくら

散るさくら空には夜の雲愁ふ

花の下双猫夜の翳におぼれ

春日染まり自動車あふれゆき昏れぬ

花の路地老婆唄うたひ暁けはじむ

新聞をいらち断れば散るさくら

朝飯をわづかに食へり散るさくら

花の路地をとびだせり童女を見送れり

春の街横向きにわれは飯食へり

夜桜やうらわかき月本郷

春雷の皇居のみ前行きつ濡れ

虎杖をむかし手折りぬ四月尽

三月尽校松と空ざまに

春暁の睡たき顔を洗ふのみ

家近く帰り飯食へり春日落つ

早春や室内楽に枯木なほ

春寒や兄妹三人瞠き會ふ

櫻餅闇のかなたの河明り

兄妹の相睦みけり彼岸過

三月盡兄妹いつまで倶にあらむ

神田より帰りて木あり楓の芽

楓の芽紅するどしや手枕に

楓の芽廊下も朝の塵泛ぶ

やアパートをいつ棲み捨てむ

初蝶やわが三十の袖袂

三十の俳句如何や槻芽立つ

椎の木の遠く亨けゐる落花かな

花吹雪ことしはげしや己が宿

木蓮や手紙無精のすこやかに