和歌と俳句

石田波郷

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立春の米こぼれをり葛西橋

早春や道の左右に潮満ちて

風塵に羽搏ち連れたり春の雁

三月の産屋障子を継貼りす

春の月産湯をすつる音たてて

春の夜の子を踏むまじく疲れけり

降る雪や傘にあまりて供華の枝

雪中の道に供華挿す為に来しか

発心の小机作る雪の果

はこべらや焦土のいろの雀ども

ひこばえの水栓の迸りけり

焼跡の植疱瘡の列あはれ

豆腐得て田楽となすにためらふな

田楽に舌焼く宵のシュトラウス

月うるむ青饅これを忘るまじ

花菜漬はさみし麺麭をこぼれけり

焼跡の春を惜しまむ酒少し

擁くや夜蛙の咽喉うちひびき

孕雀行列の後にいつまでつく

茗荷竹百姓の目のいつまでも

道ばたや曠野のなみだ湧くごとし

道のべの何人に誰が泣きし梅ぞ

手鏡や二月は墓の粧ひ初む

春へ一夜一夜雨夜は臥して病む

早春やラヂオドラマに友のこゑ

夜半の肋剖きても吾死なじ

地蟲出づひそみつ焦土起き伏しぬ

三月風焼跡の馬の臀を搏つ

待つ病室人を通さずて

死なざりしかば相逢ふも実朝忌

莖立や懈るまじき女の手

春昼の墓こゑもなし手鏡に

父と子か外套を墓に脱ぎ掛けて

天地に妻が薪割る春の暮

吾子の頭上に群るるらし

ふるさとや春の驟雨の馬車の中

父母在せば枳殻の實の數知れず

遠天を雁行く脈をとられをり

胸の上に雁ゆきし空残りけり

苜蓿の焼跡蔽ふことをせず

吻合はす鳩や石階に影かぎろひ

鳶の舞春昼の熱昇りをり

病む鳶か焦土の墓のうらに立つ

春雷の過ぎし北空鐡打てり

春夕べ襖に手かけ母来給ふ

蝶燕母も来給ふ死に得んや

母来れば沓脱石に蟻出でぬ

蠶豆の花の吹降り母来て居り

月食の春夜を母も寝並べり

きらきらと八十八夜の雨墓に

焼跡を出づる遠足何処へ行くや

松の蕊千萬こぞり入院す

病みて長き指をぬらせり蝌蚪の水

蝌蚪の足生ふ一匹も剰すなし

松の蕊かなたに赤しここにし

松の蕊雨上る妻の来つつあらむ