和歌と俳句

帰る雁

茂吉
幻のごとくに病みてありふればここの夜空を雁がかへりゆく

雁ゆくとつぶらなる眼になみだ溜め 万太郎

シャツぬいで寝る夜帰雁のわたりけり 林火

闇市に隣る野授業雁帰る 楸邨

雁かへる夜や生きてゐし顔二つ 楸邨

町の夜の帰雁の声を惜みける 槐太

行く雁の啼くとき宙の感ぜられ 誓子

ゆく雁の窓はどこまで飢餓の街 楸邨

雁去るや豆粕ばかり食ひをれば 楸邨

印旛沼の幾重の雲にかへる雁 蛇笏

非は常に男が負ひぬ帰る雁 楸邨

遠天を雁行く脈をとられをり 波郷

胸の上に雁行きし空残りけり 波郷

落ちかかる月をめぐりて帰る雁 蛇笏

ゆく雁や焦土が負へる日本の名 楸邨

ゆく雁や捨てるに惜しき芝翫の名 万太郎

厨房の火の燃えつづけ帰る雁 汀女

とりかねる夫の機嫌雁かへる 真砂女

生れざりせばと思ふとき雁かへる 真砂女

額よせてかたりもぞすれ帰雁なく 万太郎

吐息かけて眼鏡を拭ふ帰雁かな 不死男

日々に病人づくや雁帰る 万太郎

行雁に向けり千体阿弥陀仏 青畝

東京の雁ゆく空となりにけり 万太郎

声立てぬ赤子の欠伸雁帰る 不死男

町とてもひとりゆく道雁帰る 汀女

壺の口遠し帰雁の下にして 楸邨

雁帰るわれ等は街をひたに抜け 汀女

行く雁の曇り深めて消えしかな 林火