和歌と俳句

齋藤茂吉

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みそさざい

しづけさは 斯くのごときか 冬の夜の われをめぐれる 空気の音す

あまづたふ 日の照りかへす 雪のべは みそさざい啼く あひ呼ぶらしも

雪の中に 立つ朝市は 貧しけど 戦過ぎし 今日に逢へりける

あかあかと おこれる炭を 見る時ぞ はやも安らぐ きのふも今日も

おしなべて 境も見えず 雪つもる 墓地の一隅を わが通り居り

ふくろふ

わが眠る 家の近くの 杉森に ふくろふ啼けり 春たつらむか

純白なる 蔵王の山を おもひいで 蔵王の見えぬ ここに起臥す

最上川 みず寒けれや 岸べなる 浅淀にして 鮠の子も見ず

朝な朝な 惰性的に見る 新聞の 記事にをののく 日に一たびは

ここにして 蔵王の山は 見えねども 鳥海の山 眞白くもあるか

大石田漫吟

最上川 ひろしとおもふ 淀の上に 鴨ぞうかべる あひつらなめて

雪ふれる 鳥海山は けふ一日 しづかなる空を 背景とせる

うつり来て 家をいづれば こころよく 鳥海山高し 地平の上に

山中の 雪より垂るる 氷柱こそ 世の常人の 見ざるものなれ

四方の山 皚皚として 居りながら 最上川に降る 三月のあめ

三月の 光となりて 藁靴とゴム靴と 南日向に 吾はならべぬ

病床にて

日をつぎて 吹雪つのれば 我が骨に われの病は とほりてゆかむ

よもすがら あやしき夢を 見とほして われの病は つのらむとする

ふかぶかと 積りし雪に 朝がたの 地震などゆり 三月ゆかむとす

最上川 みかさ増りて いきほふを 一目を見むと おもひて臥しゐる

さ夜中と 夜は更けたらし 目をあけば 闇にむかひて またたけるのみ

生きのこらむと こひねがふ 心にて 歌一つ作る 鴉の歌を