和歌と俳句

齋藤茂吉

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雪の面

雪の面 のみ見てゐたり 悲しみを 遣らはむとして わが出で来しが

上ノ山に 籠居したりし 澤庵を 大切にせる 人しおもほゆ

國土を つつむ悲哀を 外國の たふとき人は 見に海わたる

新年

朝日子の のぼる光に たぐへむと いにしへ人も 勇みたりしか

新しく めぐり来れる 年のむた わが若き友よ ひとしく立たな

悲しみも 極まりぬれば 新しき 涙となりて 落ちむとすらむ

つつましく 生きのいのちを 長らへて 新しき代は 永遠ならめ

黒どり

黒どりの 鴉が啼けば おのづから ほかの鳥啼く 春にはなりぬ

三月の 空をおもひて 居りたるが 三月になり 雪ぞみだるる

「追放」と いふことになり みづからの 滅ぶる歌を 悲しみなむか

老の身も 免るべからぬ 審判を 受けつつありと 知るよしもなき

両岸に かぶさるごとく 雪つみて 早春の川 水嵩まされる

硯の みづもこほらず なりゆきて 三月十日 雀啼くこゑ

うつせみに 病といふこと あり経れば かなしくもあるか その現身は

われひとり 食はむとおもひて 夕暮の 六時を過ぎて 蕎麦の粉を煮る

鎌倉に 梅さきたりと 告げ来しを しばらく吾は おもひつつ居り

寒月

鳥ふたつ いなづまのごと 飛びゆけり 雪のみだるる 支流のうへを

春たてる 清水港ゆ おくりこし 蜜柑食む夜の 月かたぶきぬ

大石田 さむき夜ごろに もろみ酒 のめと二たび 言へども飲まず

春の来む けはひといへど あまのはら 一方はれて 一方くもる

春の光 日ねもす照れど 川の洲に つもりし雪は まるくのこれる

名残とは かくのごときか 鹽からき 魚の眼玉を ねぶり居りける

大石田 いでて上ノ山に 一夜寝つ 蔵王の山 いまだ白きに

一冬を 降りつみし雪 わが傍に 白きいはほの ごとく消のこる