和歌と俳句

齋藤茂吉

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四月

酒田なる 吹きしく風に 面むけて 歩みてゐたり あな息づかし

酒田のうみ 強風ふけば 防砂林 海岸につづく 縣ざかひまで

海岸に つづく黒松の 防砂林 「光が丘」の 名をぞとどむる

大石田に 歸り来りて こころよく われの聞きゐる 雲ひばりのこゑ

残雪も 低くなりたり 最上川上空の くもりの中に 雲雀が啼きて

ゆきげ雲

地平より 雪解の雲の たつさまを 吾は見てゐる 眼鏡を拭きて

まどかにも 降れる雪より 蓬蓬と 雲たちわたる 春はたけむと

雪きゆる 春風ふけば 平より われを包みて 白雲たちぬ

断えまなき 雪解のくもの 立ちのぼる 地平の上を われ歩みけり

雪解の水

両岸を つひに浸して あらそはず 最上川のみづ ひたぶる流る

わが心 今かおちゐむ 最上川 にぶき光の ただよふ見れば

最上川 大みづとなり みなぎるに デルタのあたまが 少し見え居り

濁水に 浮び来りて 速し速し この大き河に したがへるもの

最上川 五月のみづを よろしみと 岸べの道に 足をとどめつ

洪水

最上川の 洪水のうへを 浮動して 来るものあり 海まで行くか

下河原に 水はつきたり 浸りたる 残雪のうへに 渦の音きこゆ

水ひきし あとの砂地に 生けるもの 居りとも見えず 物ぬくみけり

南よりうねりて来る最上川川の彼岸にうぐひす啼くも

戀しかる ものの如くに 今宿の へぐりの岨ゆ 蔵王山が見ゆ

白雪の いまだ消残る 對岸に くなりたる 丘が見え居り