和歌と俳句

齋藤茂吉

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邊土獨吟

かたはらに 黒くすがれし 木の實みて 雪ちかからむ ゆふ山をいづ

みわたせば 國のたひらに ふかぶかと 降りつみし雪 しづかになりぬ

はるかなる 宮城ざかひに 見えて居り 曇りの中の 山膚しろく

春どりは はやも来啼くに 天雲の そきへの極み 雪しろき山

山脈が 波動をなせる うつくしさ 直に白しと 歌ひけるかも

日をつぎて 雪ふりし空 開くれば 光まばゆく 道ゆきかねつ

鷽ひとつ 啼きしばかりと おもひしに 春の目ざめは 空をわたりぬ

こもりより 吾がいでくれば とほどほに 雪うるほひて いまぞ春来む

もも鳥が 峡をいづらむ 時とへど 鳥海の山 しろくかがやく

春彼岸に 吾はもちひを あぶりけり 餅は見てゐるうちにふくるる

すこやかに 家をいで来て 見てゐたり 春の彼岸の 最上川のあめ

雪しろき 裾野の断片 見ゆるのみ 四月一日鳥海くもる

残雪は 砂丘のそばに 見えをりて 酒田のうみに 強風ふけり

はるかなる 源をもつ 最上川 波たかぶりて いま海に入る

おほきなる 流れとなれば ためらはず 酒田のうみに そそがむとする

全けき 鳥海山は かくのごと からくれなゐの 夕ばえのなか

春のみづ 雪解となりて 四つの澤 いつつの澤に 満たむとぞする

水面は わが顔と觸るる ばかりにて 最上川べの 雪解けむとす

冬眠より 醒めし蛙が 残雪の うへにのぼりて 體を平ぶ

穴いでし 蛙が雪に 反射する 春の光を 呑みつつゐたり

北とほき 鳥海山は まどかにて けむる残雪を 踏み越ゆわれは