和歌と俳句

齋藤茂吉

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猿羽根峠

名木澤を 入口として のぼるとき ちかく飛びつつ 啼くほととぎす

うつぎ むらがり咲きて 山越ゆる われに見しむと 言へるに似たり

郭公と 杜鵑と啼きて この山の みづ葉ととのふ 春ゆかむとす

あさき峡と ふかき峡との まじはれる 猿羽根の山に 飛ぶほととぎす

笹の葉を 敷きていこへる たうげ路ゆ 南のかたを ふりさけゐたり

こほしかる 道とおもひて 居りたりし さばねの山を けふ越えむとす

猿羽根峠の のぼりきはめし ひと時を 汗はながれて いにしへ思ほゆ

おのづから 北へむかはむ 最上川 大きくうねる わが眼下に

元禄の ときの山道も 最上川 ここに見さけて おどろきけむか

雪しろき 月讀の山 横たふを あなうつくしと 互に言ひつ

たうげには いづる水あり 既にして 微かなれども 分水界をなす

舟形に くだり来れば 小國川 ながれの岸に ねむりもよほす

年老いて 猿羽根のたうげ 越えつるを 今ゆ幾とせ われおもはむか

山岸に 走井ありて 人ら飲む こころはすがし いのしへおもひて

したしくも 海苔につつみし にぎり飯 さばね越えきて 取りいだすなり

小國川 宮城ざかひゆ 流れきて 川瀬川瀬に 河鹿鳴かしむ

横手

ふと蕗の むらがり生ふる 庭の上に しづかなる光 さしもこそすれ

おごそかに 百穂先生の 寒梅図 ここに掛かれり 見とも飽かめや

城山を くだり来りて 川の瀬に あまたの河鹿 聞けば楽しも

ゆたかなる 君が家居の 朝めざめ 大蕗のむれに 朝日かがやく

秋田

太蕗の 並みたつうへに 降りそそぐ 秋田の梅雨 見るべかりけり

うちつれて 學校に行く 少女らを 秋田街上に 見らくし楽し

空襲が 一夜のうちに 集中したる 油田地帯と いへば悲しも