和歌と俳句

齋藤茂吉

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あまつ日

あまづたふ 日は高きより 照らせども 最上川の浪 しづまりかねつ

やうやくに 病は癒えて 最上川の 寒の鮒食むも えにしとぞせむ

あまつ日は ひとつ昇りて まどかにも 降りつもりたる 雪てりかへす

ひとり歌へる

みちのくの 十和田の湖の 赤き山 われの臥処に まぼろしに見ゆ

西北の 高山なみの 山越しの 冬のあらしは 一日きこゆる

のがれ来て 二たびの年 暮れむとす 悲しきことわりと 思ひしかども

くらがりの 中におちいる 罪ふかき 世紀にゐたる 吾もひとりぞ

ふかぶかと とざしたる この町に 思ひ出ししごとく 「永霊」かへる

つもる 國の平を すすみくる 汽車をし見れば あな息づかし

まどかなる 月はのぼりぬ 二わかれ ながるる川瀬 明くなりつつ

月讀の のぼる光の きはまりて 大きくもあるか ふゆ最上川

まどかなる 月の照りたる 最上川 川瀬のうへよ 霧見えはじむ

まどかなる 月やうやくに 傾きて 最上川のうへに うごく寒靄

みそさざい ひそむが如く 家ちかく 来るのみにして つもりけり

ふるの 降りみだるれば 岡の上の 杉の木立も おぼろになりぬ

馬ぐるま 往来とだえて 夜もすがら 日ねもすやまぬ のあらぶる

雪の中より 小杉ひともと 出でてをり 或る時は生の あるごとうごく

あまぎらし 降りくる雪の おごそかさ そのなかにして 最上川のみづ

勝ちたりと いふ放送に 興奮し 眠られざりし 吾にあらずきや

オリーヴの あぶらの如き 悲しみを 彼の使徒もつねに 持ちてゐたりや

おもひきり 降りたるが 一年の 最短の日に 晴間みせたり

最上川の 流れのうへに 浮かびゆけ 行方なきわれの こころの貧困

ふゆ寒く 最上川べに わが住みて 心かなしきを いかにかもせむ

最上川 ながれさやけみ 時のまも とどこほること なかりけるかも