和歌と俳句

齋藤茂吉

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黒瀧向川寺

最上川の 岸にしげれる 高葦の 穂にいづるころ 舟わたり来ぬ

向川寺 一夜の雨に 音たてて 流れけむ砂 しろくなりけり

ひむがしゆ うねりてぞ来る 最上川 見おろす山に 眠りもよほす

庭の上に 柏の太樹 かたむきて 立てるを見れば 過ぎし代おもほゆ

山中に 金線草の にほへるを 共に来りみて あやしまなくに

黒瀧の 山にのぼりて 見はるかす 最上川の行方 こほしくもあるか

ひがしよりながれて大き最上川見おろしをれば時は逝くはや

元禄の 二年芭蕉も のぼりたる 山にのぼりて 疲れつつ居り

暑き日

そびえたる 白雲の中に いくたびか 昼の雷鳴る 雨の降らぬに

稲の花 咲くべくなりて 白雲は 幾重の上に すぢに棚びく

東南の くもりをおくる またたくま 最上川のうへに 朝虹たてり

最上川の 上空にして 残れるは いまだうつくしき の断片

最上川に そそぐ支流の 石原に こほろぎが鳴く ころとなりつも

眞紅なる しやうじやう蜻蛉 いづるまで 夏は深みぬ 病みゐたりしに

あまつ日の 強き光に さらしたる 梅干の香が 臥処に入り来

天雲の 上より来る かたちにて 最上川のみづ あふれみなぎる

わが歩む 最上川べに かたまりて 胡麻の花咲き 夏ふけむとす

ひるも夜も しきりに啼きし 杜鵑 やうやく稀に 夏ふけむとす

秋来る

秋づくと いへば光も しづかにて 胡麻のこぼるる ひそけさにあり

わが来つる 最上の川の 川原にて 鴉羽ばたく おとぞきこゆる

かなしくも 遠山脈の 晴れわたる 秋の光に いでて来にけり

秋たつと おもふ心や 對岸の 杉の木立の うごくを見つつ

秋のいろ 限も知らに なりにけり 遠山のうへに 雲たたまりて

かぎりなく 稔らむとする 田のあひの 秋の光に われは歩める