和歌と俳句

齋藤茂吉

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高々と たてる向日葵と あひちかく 韮の花さく 時になりたる

黄になりて 櫻桃の葉の おつる音 午後の日ざしに 聞こゆるものを

いにしへの 人がいひたる 如くにし 萩が花ちる 見る人なしに

うつせみの 身をいたはりて 松山に 入りこしときに 蟋蟀鳴くも

松山

われひとり 憩ひてゐたる 松山に 松蝉鳴きて いまだ暑しも

ここにして 心しづかに なりにけり 松山の中に 蛙が鳴きて

つくづくと 病に臥せば 山のべの 躑躅の花も 見ずて過ぎにき

秋の日は 對岸の山に 落ちゆきて 一日ははやし 日月ははやし

蕎麦の花 咲きそろひたる 畑あれば 蕎麦を食はむと 思ふさびしさ

最上川下河原

最上川の 大きながれの 下河原 かゆきかくゆき われは思はな

われをめぐる 茅がやそよぎて 寂かなる 秋の光に なりにけるかも

つばくらめ いまだ最上川に ひるがへり 遊ぶを見れば 物な思ひそ

最上川に 手を浸せれば 魚の子が 寄りくるかなや 手に触るるまで

あまつ日の かたむく頃の 最上川 わたつみの色に なりてながるる

はだらなる 乳牛がつねに この原の 草を食ひしが 霜がれむとす

冬さらば ふかぶかと雪 ふりつまむ ここの河原を 一日をしみつ

對岸

最上川の なぎさに居れば 対岸の 蟲の聲きこゆ かなしきまでに

大川の 岸の浅処に 風を寒み うろくづの子も けふは見えなく

空襲の はげしきをわれ のがれ来て 金瓶村に 夢をむすびき

病より 癒えて来れば 最上川 狭霧のふかき ころとなりつも

うつせみの この世の限り あな寂し 森山汀川も みまかりゆきて

弔森川汀川君

信濃路の 歌びとあまた 導きて 君飽かなくに けふぞ悲しき

赤彦の のちに信濃の 歌びとと そのいさをしを 忘れておもへや

七十に 君なりたらば 馳せゆきて 手取り交さむ 吾にあらずきや

もみぢばの からくれなゐを 相めでて 蓼科山に ふたりむかひき

諏訪の海の うなぎを焼きて 送りこし 君おもかげに 立ちて悲しも