和歌と俳句

石田波郷

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墓の間に彼岸の猫のやつれけり

春もはや乙女らを焼く艇庫の日

行春や吾がくれなゐの結核菌

葛飾に歳時記を閉づ野火煙

紙漉の額のしろさよ梅日和

祝婚やミモザのもとに咳こぼし

芝焼く火ひろがりて妻隔てけり

とまり木に隠れごころや西行忌

春立つて十日の酒をこぼし合ふ

壁の絵の濤みどりなり春嵐

春雷や芽を解きいそぐななかまど

春宵やセロリを削る細身の刃

おほかたは力無き者ら草餅搗く

苗代茱萸石神井川を奔らしむ

榛の枝へ水垂り翔てり春の鴨

さんしゆゆの黄の俄なり涅槃西風

水を飲む猫胴長に花曇

妻在らず盗むに似たる椿餅

止り木を跳下りしより春の猫

機音や青梅は青蕾群れ

石庭をよぎりしのみの恋の猫

萬愚節半日あまし三鬼逝く

利休梅五十はつねの齢ならず

春もはや妻伴れてバアの止り木に

三月の峡の水漬田ほの赤し

澎湃と富士の前山芽ぶくなり

水底にある水草や西行忌

ひとつ咲く酒中花はわが恋椿

病経てやや気弱にて椿市

臀並べたる女流らよ金鳳華

枝重りして咲ける椿や実朝忌

田螺和彼我死にゆきし者ばかり

彼岸の日朴の幹にも傷多し

釣堀に水輪あふれぬ花の雨

三鬼忌の雹の水輪の大粒に

金の蘂巨き椿に今日溺れむ

風に舞ふ白椿そは都鳥

曙の泛ぶ椿は狩衣

半眼に椿憂きまで満ちにけり

椿祭主客三人に過ぎざれど

為さざりしことのみ春の落葉焚

満月の椿悉く花果てぬ