和歌と俳句

石田波郷

1 2 3 4 5 6 7

焼工場日矢群がりて萌ゆるらし

師への道野焼の跡のなまなまし

草木瓜や故郷のごとき療養所

春三日月も砂糖工場の灯も淡し

貨車長し春の三日月光り出す

草餅を子と食ひ弱くなりしかな

ゆるぎなく妻は肥りぬの下

妻のみが働く如し薔薇芽立つ

爆音下三色菫訪へる虻見つつ

春驟雨木馬小暗く廻り出す

ひそと青し櫟林にあそぶ子は

山越の鴉こゑなし花辛夷

おほらかに山臥す紫雲英田の牛も

朝鳥や繞らす切株に

雪嶺に覗く苗代かぐろしや

春の飛雪鉄路が踊り集まりゆく

わが肺も三色菫の鉢も寧し

花種買ふ運河かがよひをりしかば

風搏つや辛夷もろとも雑木山

馬車馬を春の驟雨が荘厳す

春逝くと冷き厚き苜蓿

はこべらや春二重なす妻の顎

蒲公英や懶惰の朝の裾さむし

鳰見つつ肩ぬくもりぬ彼岸過

病み古りぬしどみの中の切株に

花経てさむし筍を剥く妻の背も

鷹の巣のひとり高しや芽立前

泉への崖鷹の巣の下を落つ

泉一つ水楢林こゑもなし

春遅し泉の末の倒れ木も

鶯や倒れ木越ゆる股伸びて

屋に満ちておん母在す木の芽かな

春浅し相見て癒えし同病者

筍のうつつに苦し草城亡し

三色菫ただ膝蓋をもてあそぶ

猫が飲めり春の歩道の潦

春の蚊のこゑなき肋痛むなり

祈る乙女墓原雀交み落つ

蒲公英の絮灼鐵を鍛ち伸ばす見ゆ

青麦色につつまれ久し石の上

屋根赤き砂糖工場も暮春かな