和歌と俳句

久保田万太郎

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短夜の灯をかぞへつつ二人かな

明易きおもひでばかり語りけり

土砂降りのいよいよ烟る蚊遣かな

夏いまだ浅きアイスクリームかな

校長のかはるうはさや桐の花

木の中に灯影うもるる大暑かな

浴衣人大木のかげゆいで来る

ぼんぼりのあるひは消えてゐて涼し

石段の涼しき高さみ上げけり

よき役の贔屓につきぬ夏芝居

夏の月いま上りたるばかりかな

日ざかりの一つうちたる時計かな

深大寺蕎麦の日ざかりありにけり

幼稚舎のうしろにみゆる茂りかな

青芝にビールの泡のあふれたる

飛石の灯影にうかび夜の秋

月高く上りし夏の園となり

とめどなくあけるビールや牡丹園

牡丹ばたけ帝釈みちとありにけり

靴下に穴あいてゐし牡丹かな

身の末をおもへどセルのかるきかな

しづむ日の光あはれや若楓

ゆふぐれの風にもまるる新樹かな

短夜の簾に風の落ちてをり

池の邊のあぢさゐにあけきりし夜ぞ