和歌と俳句

久保田万太郎

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日の匂水の匂や行々子

業平忌すだれ清げに見ゆるかな

東京の盆ぬけて来て青田かな

みづうみへけしき競へる日除かな

うすもののみえすく嘘をつきにけり

水打てる道の夕日のいま眞面

夏の夜や水からくりのいつとまり

夕焼も海の匂も消えしとき

夕焼のそむる上衣をぬぎて手に

梅雨に入る八つ手の古葉焚きしより

親一人子一人光りけり

ぬけうらを抜けうらをゆく日傘かな

昼まへに用かたづきしかな

芍薬のはなびらおつるもろさかな

ふく風の雨氣にまけし穂麦かな

おもかげをしのぶ六日のあやめかな

與右衛門の足の細さよ立版古

みじか夜や劫火の末にあけにけり

六月や風にのりくる瀬音あり

あけやすき道のつまさき上りかな

大学のなかのあぢさゐの咲けるみち

梅雨の宿一とすぢ川のみゆるかな

になれたる欅のことに梅雨の園

夏霞水田つづくかぎりかな

肩さきにおとろへみゆる浴衣かな

何もかもあつけらかんと西日中

涼しき灯すずしけれども哀しき灯