和歌と俳句

久保田万太郎

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蓮の葉のひたすら青き梅雨かな

この恋よおもひきるべきさくらんぼ

夏帽子おなじうれひにかむりつれ

日の落ちしあとのあかるき青田かな

うすものを著て前生をおもひけり

胸もとに蟲の入りたる浴衣かな

行末のことおもはるる端居かな

夜光蟲闇をおそれてひかりけり

ときとして遠鶯や秋近し

秋近しひねもす雲のわきやまず

知らぬまにすこし眠りぬ夜の秋

おくるひとおくらるる人ひとりむし

大磯でとまらぬ汽車や虎が雨

大磯の山いと青く虎が雨

夢をのみ語りつづけつ団扇手に

をりをりはわが世はかなき浴衣かな

佇めば遠く水うちゐたりけり

木村屋の餡パンを買ひ帰省かな

夏深し日のさし交す枝々に

菖蒲園すぐに植田につづきけり

紫のさまで濃からず花菖蒲

花菖蒲ひたすら雨に座りけり

白あやめばかり咲きたる一ところ

さみだれや澄みわたりたる水の底