和歌と俳句

久保田万太郎

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

春浅き凌雲閣に上りけり

春浅したまたま汽車の遠響

冴返る中なり灯りそめにけり

風船のからみし枝の餘寒かな

下萌えて細雨けむるが如きかな

きさらぎやふりつむ雪をまのあたり

そのなかに汐くむ雛のあはれかな

瀧水のながれの末や雛祭

うとましや彼岸七日の晴れつづき

しづもりや切戸のうちの夕がすみ

三つまでうけたる猪口や櫻もち

音立てて雨ふりいづる春夜かな

淋しさやちもとの菓子と花ふぶき

いくつめの橋くぐりたる汐干かな

なつかしや汐干もどりの月あかり

街道や磧つづきに春深く

すこしづつすすむ時計と蛙かな

遠き灯をそのまた遠き灯を蛙

ふりぬきし雨のあと咲くつつじかな

硝子戸に犇めくつつじうつりけり

青ぞらのいつみえそめし梅見かな

ゆく春やをりをり高き沖つ波

きさらぎやうぐひすもちの青黄粉

いとどしくぬるる床几や花の雨