和歌と俳句

久保田万太郎

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水餅の焦げつく春の立てりけり

爪とりて爪のつめたき二月かな

はつ午や坂にかかりてみゆる海

みゆるときみえわかぬとき星餘寒

一ところ山に雲なき餘寒かな

春時雨しばらく月をはばみけり

掻いくぐるごとく来れり梅の中

咲くや小さんといへば三代目

旅びとののぞきてゆけるかな

山に日のあたり来れり雛の宿

春の雪中入すでにつもりけり

あをぞらの藁屋根ひたす彼岸かな

くもることわすれし空のひばりかな

人はいさ群れとぶ風のかな

岸浸す水嵩となりし椿かな

中坂のおもひでともるかな

日をつつむ雲いで来し春日かな

ながき日やちる花やどす龍の髭

春暁やいささか長けし松の蕊

春の夜や下げてまづしき灯一つ

春の灯の麦の畑越しみゆるかな

春の月松竝がくれ照るはかな

のある方へ方へとまがりけり

コート脱ぐ間ももどかしく花に目を

あまぐものまだ退き切らぬかな

花の句をしるしあまりし句帖かな

ゆく春や風をわすれし松の照り