和歌と俳句

久保田万太郎

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夕月のみるみるしろき二月かな

道のはてに荒るる海みえ二月かな

春寒の炭たつぴつにつぎにけり

白足袋の餘寒の白さ穿きにけり

膝なでて餘寒しづかに老いしとよ

火をふいて灰まひたたす餘寒かな

生きてゐるとよりおもへず春しぐれ

うそはうそほんとはほんと猫やなぎ

下りしバスやりすごすとき咲けり

空屋敷ことしの梅を咲かせけり

うぐひすや西にかはりし風の冷え

雨のふる日のおちつきや雛納

雛納菜の花の黄のひかりかな

目にみえて柳青めり雛納

春雪のはれふりぐせつきしかな

砂みちを来しつかれなり春の雨

とりわくるときの香もこそ櫻餅

さくらもち供へたる手を合せけり

沈丁花飛雪のなかとなりにけり

ふる雨のおのづから春夕かな

波哮るかたへとおぼろたどりけり

さくさくと砂ふみわくるおぼろかな

波しろきかたへと花は遁るべく

鎌倉は光明寺遅ざくらかな

紫の一ともとゆゑや暮の春