和歌と俳句

石田波郷

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昼の虫われに永仕へせし妻よ

古郷忌や几かいだく独活のかげ

補聴器の影ひく紐やきりぎりす

鯊釣に雨白水輪黒水輪

君が居へ小屏風おくる萩の秋

鳴いてにはかに昏し黙祷す

つがひ蜻蛉翔ちし羽音も峡の音

訪へば友の裸が若し葉鶏頭

病妻や肩起し聴く法師蝉

一瑕瑾なし野分後の芭蕉の子

この秋の肋の痩せや猫じやらし

菩提樹下の荒草を抜く兄わが為め

汗もて買ふ「靖国の楯」母が為め

食ふや命あまさず生きよの語

零余子に手伸べて巴里より帰り来し

仏蘭西にかまつかはなしと通訳す

巌が根に灯す流燈匂ひけり

峡のひと移公子が繊し流燈会

巌の上に流燈見つつ他郷なり

巌下りて流燈の場露けしや

煮染芋ストマイ痺れ顎にあり

露の萩分け来て病める脛痒し

嵯峨菊やまなじり酔うて女どち

障子して夜川音なし菊膾

日本の苗字や露の子等点呼

病める身は時間金持に読む

秋蝉や口を塞げし捩りん棒

末枯蜂すがりて木椅子いびつなり

ゐのこづち友どち妻を肥らしめ

爽かや黒き木彫のこふのとり

鰯雲船乗り君は船へ帰る

悉く稲架は露垂り関ケ原

醒井を過ぎし秋川澄みにけり

いくとせ石鎚山を見ず母を見ず

ふるさとの第一日の長鳴き

病母睡て稲扱埃はるかなり

食ふや膝あつきまで南の日

敗荷や旅の暇のおのが影

秋行くとオリーブ林の銀の風

黄落や覗けば屋島合戦図

老残の鶏頭臥しぬ嵐雪忌

今日よりや好日の碑の鵯の空

すさまじや友らやうやく癌三人

雀斑のしるき児ひとり末枯れ