和歌と俳句

蜻蛉

まづ覚めし蜻蛉に朝日さしにけり 楸邨

蜻蛉の逆立ち杭の笑ひをり 虚子

停車場にけふは用なきとんぼかな 万太郎

さわたりの石にひそめるとんぼかな 万太郎

日向飛ぶ旅装束の蜻蛉居て 草田男

尾をねぶるまで蜻蛉を子は愛す 誓子

奥蝦夷の海霧の港の蜻蛉つり 楸邨

めざめ青き畳匂へり蜻蛉過ぎ 楸邨

茂吉
赤とんぼ 吾のかうべに 止まりきと 東京にゆかば 思ひいづらむ

赤蜻蛉分けて農夫の胸進む 三鬼

生きてとびし蜻蛉の透翅書にはさむ 誓子

赤蜻蛉来て死の近き肩つかむ 三鬼

旅いゆくしほからとんぼ赤とんぼ 立子

未明の湾へ醒めてくるめく蜻蛉の目 楸邨

巌ともにわが影寂ととんぼ見る 蛇笏

蜻蛉先立て山刀伐峠今越えゆく 楸邨

蜻蛉の微のまぎれずに秋の天 風生

道づれの一人はぐれしとんぼかな 万太郎

坂上るを断念せし老赤蜻蛉 草田男

つがひ蜻蛉翔ちし羽音も峡の音 波郷

蜻蛉の翅枯葉のごとく指ばさむ 多佳子

晴れわたる朝空早やも赤とんぼ 立子

湖の濃紺山の群青蜻蛉の赤 立子

大台の空隈もなき蜻蛉かな 青畝

竹むらの奥日がうごき赤蜻蛉 悌二郎

恋の果はじまり牧の蜻蛉らに 悌二郎

火口原のこの荒凉に赤蜻蛉 悌二郎

一切経山の石一塊に赤蜻蛉 悌二郎

硫気立つ天に交りて蜻蛉群る 悌二郎

蜻蛉の一微の高き峡の空 風生

蜻蛉の影には翅の光りなし みどり女

海の上へ荒磯のとんぼ出でやまず 爽雨

舞ひつつむ中に天なる蜻蛉見る 爽雨

群とんぼ仰ぎて頬にもふるるあり 爽雨

息杖を立つれば待ちて赤蜻蛉 風生

一夜明け山新しく赤とんぼ 汀女

赤とんぼ石塀入門せずに去る 静塔

歓談のあとで死にけり赤とんぼ 耕衣

永遠が飛んで居るらし赤とんぼ 耕衣

赤とんぼ外人墓地の文字踏めり 青畝

前の世に古池とんぼ噛みつきぬ 耕衣

窓のようなる寂しさよ赤とんぼ 耕衣

晩年や赤きとんぼを食いちぎる 耕衣

後の世を噛み捨て来るや赤とんぼ 耕衣