和歌と俳句

齋藤茂吉

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もみぢ

馬叱る 人のこゑする 狭間より なほその奥が 紅葉せりけり

あけび一つ 机の上に 載せて見つ 惜しみ居れども 明日は食はむか

りんだうの 匂へる山に 入りにけり 二たびを来む 吾ならなくに

赤とんぼ 吾のかうべに 止まりきと 東京にゆかば 思ひいづらむ

秋の雲 ひむがしざかひに あつまるを しづ心なく 見て立つわれは

いただきは 棚びかぬ雲 こごりつつ 鳥海山に 雪ふるらしも

大石田の 午のサイレン 鳴りひびき 山の上より われ覗き居り

さだめなき もののことわり 直路にて 時雨ははやし おのづからなる

日をつぎて 雪ふりつめば 雀らは わが窓のべに 啼くこともなし

此の岸も 彼の岸も共に 白くなり 最上の川は おのづからなる

この家の 榾の火みれば さかんなり やうやくにして また熾となる

きびしくも 冬になりたる 空とほく 鳥海山は 見えざるものを

酒田

魚くひて 安らかなりし 朝めざめ 藤井康夫の 庭に下りたつ

最上川 黒びかりして 海に入る 秋の一日と なりにけるかも

わたつみの 海のまじはる 平明の デルタによりて 鴎むれたる

面かくす 濱の女の 風俗を 愛しと云ひつ 旅のこころに

旅を来て はじめて吾の なつかしむ 鶴岡街道を しばしとほりぬ

明和七年の 頼春水が 負剣録 酒田をみなに 親しみたりしや

新在の 馬喰町より 直線の 街道があり 鐡砲まちまで