和歌と俳句

齋藤茂吉

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田澤湖

行々子 むらがりて住む 小谷をも 吾等は過ぎて 湖へちかづく

白濱の なぎさを踏めば 亡き友の もはらごころの 蘇へりくる

うつせみは 願をもてば あはれなりけり 田澤の湖に 傳説ひとつ

とどろきて 水湧きいでし 時といふ ひとり来りて をとめ龍となる

われもまた 現身なれば 悲しかり 山にたたふる この湖に来て

おほどかに 春は逝かむと 田澤湖の 大森山ゆ のこゑする

山々は 細部没して けふ一日 梅雨の降らぬ 田澤湖に居り

田澤湖に われは来りて 午の飯 はみたりしかば このふと蕨

健かに 君しいまさば 二たびも 三たびもわれを 導きけむか

常なしと 吾もおもへど 見てゐたり 田澤湖の水の きはまれるいろ

年老いて 苦しかりとも 相ともに 仙巌峠も 越えにけむもの

角館

おのづから 心平らに なりゐたり 學法寺なる おくつきに来て

松庵寺に 高木となりし 玄圃梨 白き小花の 散りそむるころ

春ごとに しだり櫻を 咲かしめて 京しのびしとふ 女ものがたり

武士町の 家のつくりの なごりをも まづらしくして 人に物いふ

奉迎

大君を むかへまつらく 蔵王のやま 鳥海のやま 月讀の山

みちのくの 山形あがた こぞりたち わが大君を 祝ぎたてまつる

山河の よりてつかふる みちのくの 出羽の國を みそなはします

晩夏

地響の おどろくまでに とどろとどろ 山にむひて 砲撃をする

最上川 あかくにごれる きのふけふ 岸べの道を わが歩みをり

わが心 あはれなりけり 郭公も つひに来啼かぬ ころとしなりて

角砂糖 ひとつ女童に 與へたり 郵便物もて来し 褒美のつもり

さみだれにも あらぬ雨かも 空低く 雷ともなひし けさの朝けの雨