和歌と俳句

齋藤茂吉

15 16 17 18 19 20 21 22 23 24

田澤村の沼

夏すでに ふけむとぞする 高原の 沼のほとりに 吾は来たりき

年ふりし 高野の沼の 水草が 水よりいでて 見ゆるこのごろ

高原の 沼におりたつ 鸛ひとつ 山のかげより 白雲わきて

今しがた 羽ばたき大きく おりし鸛 この沼の魚を 幾つ食はむか

鳰鳥の そろひて浮かぶ 山の沼に 山ほととぎす 聲も聞こえず

推移

黒鶫 こゑも聞こえず なりゆきて 最上川のうへの 八月の雨

山のべに うすくれなゐの 胡麻の花 過ぎゆきしかば 沁むる日のいろ

松葉牡丹 すでに實になる ころほひを 野分に似たる 風ふきとほる

夏ふけし 山にむかひて 砲撃を つづけたり 憎悪の気配も見えず

白雲は 湧きつつあれど 雨ふらず 露伴先生も 亡きかずに入り

去りゆかむ 日も近づきて 白々と いまだも咲ける 唐がらしの花

たかだかと 日まはりの花 並びたり けふは曇りの 厚らになりて

水ひける 最上川べの 石垣に 韮の花さく 夏もをはりと

肘折

峡のうへの 高原にして 湧きいづる 湯を楽しめば 何かも云はむ

のぼり来し 肘折の湯は すがしけれ 眼つぶりながら 浴ぶるなりけり

あかつきの いまだくらきに 物負ひて 山越えきたる 女ら好しも

山を越え 峡をわたりて 来し人ら いつくしみあふ 古りし代のごと

ここにして 大きく見ゆる 月山も 雪近からむ 秋に入りたり

最上川 いまだ濁りて ながれたる 本合海に 舟帆をあげつ