和歌と俳句

加藤楸邨

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秋燕やサガレンへ立つ船もなし

翡翠とぶその四五秒の天地かな

翅ふるや霧笛のひまのきりぎりす

奥蝦夷の月の時計を巻きをはる

秋燕や靴底に砂欠けつづけ

かきおろす一駄の水も秋のいろ

オホーツク月の大戸をはたと閉づ

また見えて露におどろく天塩川

額の花どこまでこころほそくなる

端居して旅の借着の白絣

鉄斎へ念力の膝がしら

瞳の色の秋風を聴きゐるごとし

身に沁みてオホーツク海のとどろく夜

灯蛾あびて稲妻の尾にうたれ立つ

身に染むや砂利をならして人は去り

啄木鳥に俤も世もとどまらず

大露の雲や燕や生きて見つ

俤も秋夕焼にいろどられ

めざめ青き畳匂へり蜻蛉過ぎ

何がここにこの孤児を置く秋の風

の朱もおもひつづけてねむりたし

青蚊帳の裾吹きあがり明日ありや

焼け残る防火壁より秋の暮

八方に石のごとき目秋の暮

秋風やひらけば白きたなごころ

柿の辺のひとりごとさへ今はなし

柘榴・柿その他灯の輪に骨還る